HOME>真のスピリチュアルとは>スピリチュアルに生きる

スピリチュアルに生きる

「スピリチュアルに生きる」とは、どういうことを言うのでしょうか? 山にこもって修行をしなければ、スピリチュアルな人間にはなれないのでしょうか? 幽体離脱を経験しなければ、霊性の目覚めを得られないのでしょうか?

答えは、NOです。

「スピリチュアルに生きる」とは、今、この人生を自分自身の足でしっかりと歩んでいくことを指しています。

私たちは、人間として、肉体を持ってこの世に生まれてきました。それを否定することはできません。私たちは、肉体を持った霊的な生き物です。誰もが、自分の人生での課題に取り組むことを約束して、この世に舞い戻ってきたのです。

人生の課題に取り組んでいくこととは、すなわち、その人生を大切にし、体も心も両方使って生きていくこと、そのものを指しています。だから、日常生活の中に、その課題を解く鍵がたくさん用意されているのです。それに一つ一つ丁寧に取り組んでいくことが、スピリチュアルに生きる、霊性の道を歩んでいくことにつながるのです。

時には、苦しくて泣きたいこともあるでしょう。悩みが深くて、悶々とする時期も経験するでしょう。反対に、楽しくて、これこそ人生を謳歌していると感じる日もあるでしょう。そのどの体験も、あなたの霊性を高めるために、自らが用意した舞台なのです。その舞台の真ん中に自分が立って、それらとしっかりと向き合うことが大切です。そして、その体験を通して、何を感じるか、どう考えるかを、自らが導き出すことこそスピリチュアルな生き方なのです。

グルを自分の外に求める時代はもう終わりました。自分のボスは、自分の中にいるのです。自分の体験、経験から得る感情や思考こそがもっとも信じられるものであり、その中にどっぷりと浸かることを 許してもらえる時代に私たちは生きています。

山にこもって修行をしてもいいけれど、幽体離脱を経験してみてもよいけれど、そのこと自体がスピリチュアルなことではないのです。何千回修行をしても、何回肉体から魂を離脱させたとしても、その回数を数えるだけでは、真の霊性の目覚めとはなりません。また、グルに修行を指示され、それに忠実に従ったとしても、ただそれだけでは、スピリチュアルな生き方は手に入りません。この肉体を使って、この心を存分に動かして、日々の生活を能動的に重ねてください。それこそが「生きる」ということであり、それを実践するあなたは、見事にスピリチュアルな人であり、あなたの歩く人生の道は、霊性の道と呼べるのです。

霊性の道を歩む人のまわりには、同じように、スピリチュアルな人々が集まってきます。彼らは、自身の生き方を認め、尊重しているので、他者のユニークな生き方も、そのまま尊重できます。その上で、互いの愛の交換に喜びを見出せ、分かち合えます。その輪が地球上で徐々に広まれば、私たちの次元は確実に上昇します。それを進化と呼ぶのです。

「霊性の道」より


人生相談のお申込み

「ご予約方法等について」にて予約方法をよくお読みになってから「人生相談申込フォーム」にてご都合のよい日程をお申し込み下さい。

人生相談のお申込みへ